言葉の理由

もうすぐ十五夜。


STARRYでも飾り付けが始まっている。


店長は意外とシーズンに合わせて内装を変えるのが好きみたい。


どこから持って来たのかすすきと日持ちするお団子がパッケージごと飾ってあるバンドハウスはちょっと変だけれどおもしろい。


「喜多ちゃん」


掃除をしていると伊地知先輩に呼び止められる。


「はい。なんですか?」


「実は今度家でお月見する予定なんだ。お姉ちゃんがいろいろ準備してるんだけどリョウとぼっちちゃんには断られちゃってて。どうかな?」


リョウ先輩とひとりちゃんがプライベートのイベントに積極的ではないのはいつものこと。


だから大抵イベントでは先輩と2人きりか、いても店長とPAさんとになる確率が高い。


今回もそんなふうになりそうだ。


「はい。いいですよ」



リョウとぼっちちゃんが基本的にイベントに誘っても断るのは寂しいけどある意味好都合。


私は喜多ちゃんのことが好き。


リョウとぼっちちゃんが誘いを断るから今まで結果的に2人きりでいろんなところをお出かけしているうちにかわいさに惹かれていった。


顔かわいい、服装かわいい、仕草かわいい等々。

挙げ出したらキリがない。


この前ちょっと占いに行ってみた。

興味本位なのと喜多ちゃんとのことを相談しようと思って。


そしたらそこの占い師に「好きな人がいるね?今月中に告白するといいよ」なんて言われた。


今月!?と驚きつつ、十五夜っていうイベントがあるのに気がつく。

元々イベントには結構誘ってたから十五夜も怪しまれずに誘えると思って誘ってみたら乗っかってくれた。


お姉ちゃんが準備してるってのは嘘。

その日はお姉ちゃんは打ち合わせでそもそも家に帰って来ない日。


十五夜を楽しむと言ってもお団子を食べるくらいしか楽しみ方は思いつかないけど、喜多ちゃんと2人ならなんだっていい。



「せんぱーい。来ましたよー」


伊地知家にお呼ばれした当日。


先輩からもしよければお泊まりもしないかと誘われたのでお泊まりグッズを持って訪ねる。

先輩とのお泊まりは定期的にやっている。


いつも話が盛り上がってついつい寝るのが遅くなってしまう。


次の日の朝、私は9時くらいにゆっくり起きると先輩が作った朝ごはんに出迎えられる。


今回もきっと先輩は朝ごはんまで作ることを見越しているはず。楽しみだ。

夜ご飯も作ってくれるんだって。楽しみ。


「はーい。いらっしゃい」


学校終わりの金曜日だったから制服でそのままやって来た。


扉が開くと慣れた物。


靴を脱いで手を洗って先輩の部屋に入る。


リョウ先輩ほどじゃないけど私も先輩の部屋には慣れてきて定位置が出来つつある。


「夜ご飯もうすぐできるから荷物まとめて待っててね」


そう言われて室内で1人になる。


パンパンのカバンからスキンケアセットやパジャマを取り出す。


制服は着替えてハンガーを借りて引っ掛けておく。


部屋着に着替えると先輩の元へと行く。


「何か手伝えることはありますか?」


「ううん。大丈夫。喜多ちゃんはお客さんだから座っといて」


エプロン姿の先輩はとても似合う。


座ってと言われたがなんだかんだいつも結局先輩がご飯を作る姿を見ている。


「今日の夜ご飯はなんですか?」


「なんだと思う?」


「そうですね。とりあえずパスタがあるのは見えたので…カルボナーラ!」


「惜しい!ミートだよ。もう少しでできるから待っててね」


何気ない会話も心が安らぐ。

伊地知家には実家のような安心感を感じる。


「冷蔵庫にサラダが入ってるんだ。机に置いてくれる?それ終わったら鍋にコーンスープ作ってあるからそれもよそってほしいな」


「はーい」


サラダを冷蔵庫に取りに行く。


「あれ?2つしかないですよ?」


私が泊まりに来た時いつも店長とは夜ご飯のタイミングが合わない。私達よりもっと遅くに帰って来て食べるみたい。


でも冷蔵庫を見ると私たち2人分と店長のと思われる物の合計3人分置いてあるのに。


「あー。言い忘れてた。お姉ちゃん急に今日帰って来なくなったんだ。だから2つでいいの」


「そうですか。わかりました」



喜多ちゃんは慣れたようにサラダを机に置いてスプーンやフォークも出し始める。


怪しまれてないかな?大丈夫だよね。


お姉ちゃんの急遽の不在は今日が初めてではない。

とは言っても3回目くらいかな。


喜多ちゃんを見ても微塵も最初から嘘だったとは思っていない様子。


普段から声かけといてよかった。


ほっと胸を撫で下ろすといい感じにミートソースができて来た。


パスタをそれぞれの量茹でる。

ご飯をよく一緒に食べているから喜多ちゃんのちょうどいい量が最近は大体わかるようになってきた。


「はーい。お待たせ」


出来上がるころには喜多ちゃんがパスタ以外をキレイにセッティングしてくれていた。


「待ってました!」


2人で揃う。


「「いただきまーす」」


「うーん!おいしい!」


口に含むと同時に喜多ちゃんの絶賛の声が聞こえてくる。


「先輩はすごいです!いつもおいしいですもん!これなら毎日食べられます!先輩の旦那さんになる人は幸せ者ですね」


いつもなら絶賛で終わるけど今日はベタ褒めして来た。


旦那さん、か。


その言い方的に喜多ちゃんはたぶん私の恋愛対象が自分どころかそもそも同性ですら微塵も思ってないんだろうな。


「あれ?先輩?」


「…我ながらおいしい!」



ご飯を絶賛したつもりがなんだか一瞬妙な空気が流れた。


その後は何もなかったように過ぎたけど。


「準備できたよ」


声をかけられ向かうとお月見団子が並んでいる。


絵に描いたように台に乗って規則正しく並んでいる。


「素敵!映えですね」


スマホを取り出しお団子と月とすすきを持って来てパシャパシャと写真を撮る。

撮り終わってから先輩の隣に並んで座りお団子を食べ始める。


「別の地方ではこの丸じゃなくて長細い形のやつなんだって」


「へー、変わった形もあるんですね」



チラチラと喜多ちゃんの横顔を見る。


何度見てもかわいい顔。


「月がきれいですねー」


喜多ちゃんが月を見ながら呟く。


界隈によってはこれを「あなたを愛しています」と言うような意味で言うこともある。

でも喜多ちゃんはずっと月を見ている。言葉のままの意味らしい。


「ね、伊地知先輩」


突然こっちを見られたので慌てる。


「う、うん!そうだね」


「急に慌ててどうしたんですか?」


「あの、その、つ、月きれいだね!」


「さっきからそう言ってるじゃないですか」


変な先輩、と喜多ちゃんは言ってからまた月を眺めている。


「先輩は知っていますか?」


ほっと一息つく暇もなく次の話題を振られる。


「何?」


「月がきれいですねって言葉の意味を」


「そのままの意味じゃないの?」


さっきの喜多ちゃんを見ている限りはそう思っていた。



やっぱり先輩はピュア。

これが告白の言葉とは知らないみたい。


「あなたが好きですって意味もあるらしいですよ」


「…え!?」


先輩の顔が赤くなるのを見た。


いつからか先輩のことが好きだった。

ひとりちゃんやリョウ先輩とは違った魅力のある先輩。


主に惹かれたのは母性のように私を包み込んでくれる優しさ。

時々バイオレンスな一面もあるけど。

飴と鞭の使い分けがうまいって言い方が正しいかもしれない。


「私は先輩が好きです。私と付き合ってください」


「え、え、うえええ」


とにかく狼狽えている。

人の目ってこんなにも泳ぐんだと思うくらい先輩の目が忙しく動いている。


「困らせてしまいましたか?」


先輩は心配になるくらい首を左右にブンブンと振る。


とにかく落ち着くまで待つことにする。


「…嘘かと思われるかもだけど」


しばらくすると先輩が声を震わせながら言葉を出し始める。


「…私も今日喜多ちゃんに告白しようとしてたの。返事はもちろんお願いします」



まさか告白のタイミングを伺っていたら向こうからされるなんて。


喜多ちゃんはポカーンと口を開けてこっちを見ている。


「…え?もしかして私と先輩は両思いだったんですか?」


「…そう、みたい」


「…………嬉しい」


喜多ちゃんが私の方に近づいて来る。

そして私の膝の上に乗っていた手に喜多ちゃんの手が重ねられる。


「伊地知先輩。月よりとってもきれいです」


ニコっといつもの笑顔が向けられる。


「ありがとう。喜多ちゃんもとってもかわいいよ。私占い行って今月中に告白しなって言われてたから私も今日告白しようとしてたんだよ」


「占い!?」


「そう。喜多ちゃんとのことを占ってもらったの」


「そんなに悩んでくれてたんですね。光栄と言うか申し訳ないと言うか。でもよかったです。自分から言えて。私自分から言いたいタイプなんです」


「確かに喜多ちゃんそういうイメージある」


2人で寄り添って月を眺める。


来年も一緒に見ようね。