喜多ちゃんが私物を置きだしたことをきっかけに、虹夏の部屋に置かれるバンドメンバーの私物が加速度的に増えていることについて悩む虹夏ちゃんのお話。
最近、私は悩んでいる。
それは、バンドメンバーが揃いも揃って私の部屋に私物を置くようになったこと。
リョウは昔から私の部屋を、別邸のように扱っている。そんな彼女の行動を後輩二人が真似し始めた。
いつの間にか、私の部屋には喜多ちゃんの私物も置かれていた。どれくらいかというと、喜多ちゃんがこの部屋で数日は何不自由なく暮らせるくらい。
ちなみに、ぼっちちゃんはギターの機材を置いている。ある日、本棚の一番下に見慣れないギター用のエフェクターやミニアンプを見つけて、また新しく物を置いたのかと喜多ちゃんを問い詰めた。すると、犯人はギターボーカルではなくリードギターだった。
聞けば、他の二人が私の部屋に私物を置いているのを見て羨ましくなったらしい。
相手がぼっちちゃんなら話は別だった。荷物も他の二人に比べれば少なかったし、「申告してくれれば問題ないよ」と伝えて彼女の私物を快く受け入れた。
「ぼっちちゃんも結束バンドに慣れてきたな」とか、「いつか、この部屋でギターの練習をするつもりなのかな」などと、未来の彼女に思いを馳せつつ、彼女以外の問題児二人に思い悩む。
彼らは、ぼっちちゃんに悪い影響を与えている。特に問題なのが喜多ちゃんだった。
リョウは昔からの習性だから諦めるとして、喜多ちゃんの私の部屋に進出する勢いには目を見張るものがある。
パジャマに着替えに化粧品、ファッション雑誌に撮影用の機材たち。リョウのように楽器まで持ち込まない分、良いのかもしれないが、置いているものの種類が種類だから「一緒に暮らしてるんだっけ?」と、時々感じることがある。
洗面台に置いてある私のコップに、歯ブラシを挿してきたのには驚いた。そのコップには私も自分の歯ブラシを挿していたため、まるで同棲中の恋人のような光景が生まれてしまった。
運悪くそれを最初に見つけたのはお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは複雑な表情を浮かべて、歯ブラシが二本突き刺さったコップを突きつけてきた。
「どういうことだよ、これ」なんて首を傾げながら言われても、私は喜多ちゃんの行動に呆れるばかりで何も答えられなかった。
その日は、私の部屋で寝ていた喜多ちゃんをたたき起こして、一緒に新しいコップを買いに行って、これからは、彼女の物となったそのコップに歯ブラシを立てるよう注意した気がする。
そんなこんなで、喜多ちゃんの距離の詰め方は、止まることを知らない。リョウやぼっちちゃんに対するよりも、私に遠慮がないのは間違いない。今日も彼女は、揺れ動く私のアホ毛を見ては楽しそうに笑う。
色々不満はあるけれど、私は喜多ちゃんを拒絶できない。バンドメンバーを動物で例えるのならば、リョウは猫で、喜多ちゃんは犬で、ぼっちちゃんは珍獣かもしれない。
自由奔放なリョウは捉えどころがなくいつの間にかそばにいて、警戒心の高いぼっちちゃんは近づいてくれるだけで嬉しくて、人と関わることが好きな喜多ちゃんは気がつけば私の周りをぐるぐる回っている。そんな彼女をさらに表現するなら、私にだけ舐めた態度を取ってくる駄犬。
そんなうっとうしくもあり、捉え方によっては愛嬌もある喜多ちゃんの存在は、いつの間にか私の日常になっていた。
喜多ちゃんは、私の部屋に置いた彼女の私物を自由に使っていいと言う。それならばと、好きなときに喜多ちゃんの持ち込んだ雑誌を読んだり、撮影機材を使わせてもらったりしている。
他にも、彼女に誘われて、イソスタで話題のお店に遊びに行ったり、名前を聞くようになったバンドのライブを見に行ったり、などなど。ロインを開けば、かなりの頻度で、私を遊びに誘うメッセージが飛んでくる。
正直なところ、彼女の勢いに翻弄されることも多い。しかし、彼女のおかげで楽しい経験もたくさんできた。ふとしたときに、「喜多ちゃんがいなくなれば、きっと寂しく思ってしまうんだろうな」なんて、感じることも多くなった。
今日も喜多ちゃんが遊びに来た。また彼女の私物が増えていることに気づいた私は、あきれ顔を浮かべつつ、新しく同居することになった物体を何も言わずに受け入れる。
喜多ちゃんは、誰もが陽キャと認める存在だ。リョウやぼっちちゃんとは異なるタイプ。同じクラスにいたとしても、別のグループに属していたであろう存在。そんな彼女が、なぜ私にここまで懐いたのかは分からない。
バンドメンバーの仲が良いのはいいことだと思う。しかし、加速度的に喜多ちゃんの私物が私の部屋を侵食していることを考えると、嫌な予感がしてしまう。
リョウの悪癖から始まった悪習。もし、喜多ちゃんの行動が起爆剤となって、私の部屋に置く私物の量について、バンドメンバー間で競争が起こったらたまったものではない。考えるのも馬鹿馬鹿しいことではあるが、個性的なメンバーが集まっている以上、杞憂とは言い切れない。
とりあえず私は、みんなの私物が私のベッドまで入り込みませんように、なんて心の中でお願いすることにする。そんなくだらない願掛けを今日もし終えると、私のベッドで横になっていた喜多ちゃんを隣に敷いた布団に蹴落として、ひとり眠りにつくのだった。