伊地知先輩が大好きな喜多ちゃん、でも最近その伊地知先輩から知らない匂いがするようです。
喜多ちゃんはこの匂いの正体を掴むことはできるのでしょうか?
最近、伊地知先輩から香水とは違う匂いがする時がある。鼻に少しつくような、人によっては嫌な匂いだろう。
先輩からその匂いが最初にしたのは去年、伊地知先輩が二十歳を迎えて少ししてからだったと思う。最初は香水を変えたのかな?とも思ったが、暫くすると元の先輩の匂いに戻ったので、あまり気にしてなかった。
でも、最近になってまたその匂いが先輩からするようになった。少し気になったから他の人にも聞いてみたけど、ひとりちゃんはすぐに溶けちゃったし、リョウ先輩は「まぁ、それもまたロック何じゃない?」としか言ってくれなかったし、かくなる上は……
「で?私に聞きたいことって?」
先輩の姉である店長さんならきっと何か知っているはず!
「え、なに?喜多ちゃん、普段から人の匂いとか嗅いでんの?」
「ち、違います!誰でも彼でも嗅いでるわけじゃありません!伊地知先輩だからです!!」
「ふーん。虹夏の匂いは何時も嗅いでるのか…」
「いやちがっ、そういうわけじゃ……」
うぅ…だって好きな人の匂いって気になるじゃない…
「アハハ、ちょっとからかっただけだよ」
「もう!店長ー!!」
「ごめんごめん。で、虹夏の匂いの話だったな」
「はい。店長さんなら何か知ってるんじゃないかと思いまして」
「まぁ、知らないわけじゃないよ」
「本当ですか!」
流石姉妹、やっぱり店長さんに聞いてみて正解だったわ!
「というか喜多ちゃん、私の近くにいて何か気づかない?」
「え?」
そういえば店長から先輩と似たような匂いがする気が…
「ちょっと…流石にそんなに嗅がれると恥ずかしいんだけど……」
「あっ、すみません…」
ついつい店長の匂いを嗅いじゃったけど、先輩と同じシャンプーの匂いに混じってするあの匂い…
「タバコの匂いだよ」
「タバコの?」
「そう、去年からだって言うなら多分タバコのせいだと思う」
なるほどタバコかぁ、私の家族や親戚に吸ってる人がいないから気が付かなかった。それならリョウ先輩がロック云々言ってたのも分かる…って、あれ?
「え?伊地知先輩ってタバコ吸ってるんですか?」
「そういや喜多ちゃんの前で吸ってるのは見たことなかったな、二十歳になって少ししたくらいからだよ」
前までは体に悪いから止めろって言ってたのにな、と店長は笑っていた。
質問に答えてくれた店長にお礼を言い、私はSTARRYを後にした。私だけが知らない先輩の一面があったことに若干のショックをおぼえつつ、その日は帰路についた。
店長と話してからしばらく経って、ライブの打ち上げにいつもの居酒屋に来ていた。いつものように軽く反省会をしてから、それぞれが料理や飲み物を堪能していると、
「ちょっと出てくるね」
そう言って先輩が外に出ていってしまった。きっとタバコを吸いに行くのだろう、そう思って先輩の後に続いて店の外に出た。
入口の扉を開けると、外の喫煙スペースに先輩の姿があった。
「伊地知先輩!」
「のわ!?喜多ちゃん?!どうしてここに?」
「先輩、私にだけタバコ吸ってるの隠してましたよね?どうしてですか?」
そう言うと、先輩は「喜多ちゃんにだけ隠してたつもりはないんだけど…」と言いながらタバコの火を消して、私の方を見ながら口を開く。
「最近、大学とバンド、それにSTARRYの事も両立するのが少し大変でさ、それで少しでも気分転換になればと思って始めたんだよね」
「でも、やっぱり体には悪いものだしさ、メンバーにバレると心配かけるかな~って思って隠れて吸ってたんだけど、喜多ちゃん以外には見つかっちゃって…」
昔は店長さんのタバコの事を注意してた先輩が、何でタバコを吸い始めたのか気になっていたけど、そういうことだったのね…
「で?喜多ちゃんはどうして気づいたの?」
「それは…」
言えるわけない。先輩から何時もと違う匂いがしたからなんて言えるわけない、引かれるだけだろう。
「もしかして、臭ってた?タバコ吸ってた後?」
「はい…その、偶に…」
「あちゃー、喜多ちゃんそういうの敏感に気づきそうだと思ったから気をつけてけど、バレてたか…」
先輩は笑いながら「そろそろ中に戻ろうか」と言い扉に手をかけたところで、不意に私の方を振り向くと。
「自分でもさ、そういえば何で他の二人にバレた後も喜多ちゃんには隠してたんだろう?って不思議に思ったんだけどさ」
「たぶん、好きな娘にはいい匂いだって思ってほしかっのかなって」
「へ!?」
伊地知先輩が急に爆弾を投げ込んできた。 え!?どう言うこと?好き?伊地知先輩が?誰を?私を??
「ゴメン今の無し!忘れて!!」
先輩も酔った勢いだったのだろうか、意図してなかった言葉だったようで、顔がどんどん赤くなっていき、店の中に逃げようとした。
「待ってください!」
そんな先輩の手を掴んで引き止めると、その勢いのままにキスをした。突然の事に先輩も驚いたようだが、すぐに受け入れてくれた。
「っぷは。もう、喜多ちゃん急にどうしたの!ビックリしたじゃん!」
「すみません先輩。でも、これがさっきの言葉に対する私の答えです」
「え?それって…」
「さっきの言葉、絶対に忘れませんからね!」
私はそう言うと、先輩の手を引きながら店の中に入った。
初めてのキスは、タバコの少し苦い味がした。