放課後。虹夏ちゃんと会うことが楽しみな喜多ちゃん。だがスターリーを見渡してみるとその姿はなくて、山田から事情を聞かさせる。喜多ちゃんはその人のもとへと走り出す。
熱が出た虹夏ちゃんのお見舞いに行く喜多ちゃんのお話となります。
学校が終わり、放課後。私とひとりちゃんはスターリーへと足を向ける。そして、今日はミーティングの日。ライブのことや今後の予定を決めるらしい。
これに私はふと思うところがあった。最近は難しい曲が徐々に増えてきて、勉強とバンド活動での両立が困難になっていること。もちろん、どちらとも大事なことだと分かっている。けど……うまくいかないことが多くて、気持ちが沈んでしまっていた。
こういうときだからこそ、私は早く虹夏先輩に会いたい。二人きりになると自然と悩みごとを曝けだすことができて気軽に相談することができるのだから。あと私の恋人でもあるから。
そう考えごとをしているうちにスターリーへと辿り着いていた。隣のひとりちゃんは相変わらずヨソヨソとしている様子で。私はいつも通りのテンションでドアを開けるが──……。
「お疲れ様です! ってあれ? 虹夏先輩は──」
周りを見渡す。だが虹夏先輩の姿はどこにもなくて、椅子にポツンと座っているリョウ先輩とカウンター席で作業をしている店長さんの姿しかなかった。
リョウ先輩は言った。顎に手を添えながら。
「虹夏は体調不良で休み。郁代は聞いていなかったの?」
「……はい」
「そっか。……虹夏のことだから、あとで優しくしてあげてね」
「もちろんです」
なにも聞いていないわよ、先輩が体調崩していること。どうして伝えてくれなかったのだろうか。私に心配をかけさせたくなかったからかな? 私に弱いところを見せたくなかったからかな?
と頭の中でグルグルと考え込んでしまう。
「っ……」
「郁代?」
そう呼ばれた瞬間、我に返る。私は声を上げ、頭を下げた。
「あの、すみません! 虹夏先輩のところへ行ってきます! 今すぐ会わないといけない気がして……心配で。本当にすみません!」
直ちに私は走り出した。先輩のもとへと。
「郁代、行っちゃったね。ぼっち」
「ですね……」
「まあ喜多らしいよな。で、ぼっちちゃんたちはこれからどうするんだ?」
「うーーん。なにも決まってないですね。ぼっち、どうしようか」
*
数分後。虹夏先輩の部屋の入り口の前にやっとのこと辿りつき、インターホンを押した。
『はいぃ……』
弱々しい声がインターホン越しから聞こえる。声からしてすごい高熱だということが分かる。一気に心配になってきた。
「私です! 先輩のお見舞いに来ました」
『あれぇ……もしかして喜多ちゃん? ありがとね。今からカギ開けるからぁ』
するとドアがガチャっと鳴り、先輩が顔を覗かせた。途端に私の肩に寄りかかってくる。かなり高い体温を感じれた。顔は真っ赤でものすごく苦しそうな様子。おでこに手を当ててみる。
「先輩? 虹夏先輩! ……すごい熱だわ」
すぐさま玄関に足を踏み入れ、そのまま先輩の部屋まで運ぶ。先輩をベッドの上で横にさせた。まだ呼吸は落ち着かない様子だった。
「ハァハァ、ハァハァ」
「せんぱい……」
「まったく、そんな……顔しないでよぉー。わたしは、だいじょうぶ……だから。ありがとね、喜多ちゃん」
先輩、また強がっている。大丈夫じゃないくせに。少しくらい私を頼ってくれてもいいのに。
本当に先輩は──。
「っ……なにを言っているんですか、本当に先輩はバカ。……私の前でだけは強がらないでくださいよ」
バカですよ。……私にくらいすぐ連絡ください。すぐに駆けつけますから。
声が、想いが自然と溢れ出ていた。嗚咽が震えて心配で堪らなくて……ただ抱きしめてあげたくて、強く抱擁とする。
先輩はゆっくりと口を動かした。
「ごめんね……心配かけさせたくなかったから。次からはちゃんと伝えるね」
「はい……待ってます」
だけど何故だろう。今、ものすごく落ち着かない。
リョウ先輩が虹夏先輩のことを先に知っていたからなのかしら。すごく胸がズキズキとして痛い。これはきっと嫉妬心から生まれたもの。
「……きた、ちゃん? どこに」
その嫉妬心から私は本能的に迷うことはなく、先輩のお腹に脚を跨がせる。そのまま顔を近づけ、おでこ同士をくっ付けた。とても熱い。
「きゅ、きゅうにどうしたの? ねつうつっちゃうよ?」
先輩は今、頭が朦朧として感覚も敏感になっている。声も弱々しくて、力も出てない。
だから──。
「先輩になら移されても構いませんよ。んんっ」
「ぅんん⁉︎ んっ」
部屋を暗くして、思うがままに口付けを交わした。私が満足するまで。先輩になら熱を移されてしまっても構わないから。私だけを見てほしい。ただそれだけの想い。
「はぁはぁ……先輩、気持ちいいですか?」
「……うん。もっと、ほしいかも」
「ふふっ、ほんと欲しがりなんですから。ではもう一度。……苦しくなったら教えてくださいね」
「うん」
その後、先輩は私の唇を最後まで受け止めてくれた。そして、お互いの姿も服がみだらな状態で……先輩は舌を絡ませたり、歯をなぞったりしても離れることなく欲しがるように口付けを交わしてくれた。可愛らしくて幸せな時間へとなる。
気づけば銀色の糸が私たちを繋いでいる。それは一瞬にして重力に負けて、途切れてしまった。部屋は真っ暗闇。時間さえ分からない。
もっと先輩といろんなことをしたい。時間が許す限り。
「はぁはぁ、はぁはぁ……っ」
「このまま次、いきますね」
「うん……きたしゃん、すき」
「私も好きですよ。にじかせんぱい」
そう耳元で囁き、服の下に手を滑らせようとした時だった。予想だにしなかったことが起きてしまった。
ガチャっとドアが微かに開いて、青と桃色をした何かが見えた。途端に私は恥ずかしくなって、混乱状態。だって行為をする寸前を見られてしまったのだから。どう誤魔化そうかとすぐさま考えたけど一つも出てこない。
「あ、邪魔しちゃったね。ごゆっくり〜」
「ぇあ……これは」
どうしよう、どうしよう……どうしよう、どうしよう! 見られてしまったわ。リョウ先輩に誤解されたかもしれない。どうにかして誤解をといて、誤魔化さないと。
するとドアの外から微かに話し声が聞こえてきた。
『ぼっち。帰ろうか』
『ええ⁉︎ まだ部屋にすら入っていませんよ? あ、あと虹夏ちゃんの顔、ちゃんと見ておきたいです……』
『そうか。じゃあ入ろう』
リョウ先輩の判断が早すぎる。うぅ、誤解される前に何か言わないと! だけどこんな状況……誤魔化せようにない。
ドアが開く。
「あっ、えと。これは違うんです! 信じてください!」
ただ必死に声を上げてることしかできない。リョウ先輩はニヤついて、ひとりちゃんは困惑としている。こんな状況に……言葉がひとつも出てこない。
「ちがうって? ふーん。虹夏のこんな顔、初めて見たかも」
「にじかちゃんのかお? あっ、ばばばばばば」
「だから……これは、その」
私は朦朧としているなか頭をフル回転させて言い訳をする言葉を探そうとする。けどリョウ先輩には言い訳ができなくてボソっと真実を溢してしまった。
もう体中が猛烈に熱い。
「にじか先輩とそういうことをしたくなっただけで……」
言っちゃった、言ってしまったわ……。我慢ができなくて、ただリョウ先輩に嫉妬してしまい流れでこうなってしまって……そして、最後にはこんなところを見られてしまうなんて。……私、今からどうなってしまうのよ。
「そっか。まあ、郁代も郁代だよ」
「むぅ……リョウ先輩。ばかにしていますよね!」
「いやぁ、別に。ぼっちもそう思うよね」
「は、はい!」
ひとりちゃんを仲間にしようとするなんて……いつものことだけど酷いですよ。って虹夏先輩、急に抱きついてこないでくださいよ〜!
「わわっ、虹夏先輩。急にどうしたんですか〜〜」
「きたしゃんがほしくなっちゃって……」
「っ〜〜〜!」
なにこの可愛すぎる生き物は……!
「じゃあ郁代たちはごゆっくり。私とぼっちは帰るね」
「もう行ってしまうんですか!」
リョウ先輩はコクリと首を縦に振る。そのまま二人はすぐさまに立ち去って行く。さっきの出来事がまるで嵐のようだったみたいだ。
「きたちゃん? つづきしないの?」
「えっ!」
耳元に甘くてとろけそうな声が入ってくる。虹夏先輩の意識は朦朧としているのだろう。これに限ってはすごくズルくて、もっとしたくなってしまう。
でも──つ、つづき⁉︎ 虹夏先輩はリョウ先輩たちが来ていたことに気づいてなかったのかしら? でないとこんなことは言わないはず。先輩かわいいがすぎる!
そして、私は理性がダムのように壊れてしまい本能に従ったまま、先輩の耳元に甘く囁いた。
「もちろんしますよ。存分に気持ちよくしてあげますからね」
「……うん」
その日の夜。私たちは満足するまで体を重ね合わせたのは、また後の話。
*
翌日の朝。同じベッドの上で。
「コホン、コホン」
「ほんと……喜多ちゃんのバカ! 自業自得だよ、まったく」
虹夏先輩が顔を真っ赤に染めながらムっとさせていた。先輩の熱が私に移ってしまったものだから。おかげで先輩はすごく元気にしている。
本当によかった……のはずなのに。喉がイガイガとして気持ち悪い。吐き気もする。
「せ、せんぱぃ〜……コホン、コホン」
「もー、仕方がないな。とりあえずお姉ちゃん呼んでくるからゆっくりしておくんだよ」
「……はい」
結局、最後は私の熱が大人しくなるまで虹夏先輩の部屋でゆっくりとさせてもらうことになった。星歌さんと虹夏先輩には感謝しかない。それに明日も先輩の近くに居られると考えただけで幸福感に溢れていた。
いっそのこと、このまま熱が長く続けばいいのに……だって先輩との時間が増えるのだから。もっとたくさんの時間を刻んでいきたい。
そうして私は睡魔に抗えずにそのまま深い眠りへとついてしまった。
──虹夏先輩。大好きです。昨夜のことは忘れませんから。